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大阪地方裁判所 昭和38年(レ)154号 判決

第一五四号事件控訴人

(第一五七号事件被控訴人)

辻野清一

右訴訟代理人弁護士

蝶野喜代松

同右

豊蔵亮

第一五七号事件控訴人

(第一五四号事件被控訴人)

笹井静子

右訴訟代理人弁護士

岩田嘉重郎

同右

山口親男

主文

一、原判決中第一五四号事件控訴人(第一五七号事件被控訴人)敗訴の部分を取り消す。

二、第一五四号事件被控訴人(第一五七号事件控訴人)は第一五四号事件控訴人(第一五七号事件被控訴人)に対し、別紙目録記載の土地について、これに立入り、又は他人をして立入らせ、又はその他の方法で第一五四号事件控訴人(第一五七号事件被控訴人)の右土地に対する占有を妨害してはならない。

三、第一五七号事件控訴人(第一五四号事件被控訴人)の本件控訴を棄却する。

四、訴訟費用は第一、二審共、全部第一五四号事件被控訴人(第一五七号事件控訴人)の負担とする。

事実

第一、当事者双方が求めた裁判

第一五四号事件について

第一五四号事件控訴人(第一五七号事件被控訴人、第一審原告、以下単に第一審原告という)

主文第一、二、四項同旨

の判決、

第一五四号事件被控訴人(第一五七号事件控訴人、第一審被告、以下単に第一審被告という)

本件控訴を棄却する。

との判決

第一五七号事件について

第一審被告

原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。

第一審原告は第一審被告に対し別紙目録記載の土地を引渡せ。

訴訟費用は第一、二審共、第一審原告の負担とする。

との判決。

第一審原告

本件訴訟を棄却する。

との判決

第二、当事者双方の主張

第一審原告

(本訴請求原因)

一、別紙目録記載の土地(以不本件土地という)は第一審原告所有の堺市南島町一丁目一五番地の一地上家屋番号同町一三一番第一号、木造瓦葺二階建住家建坪二一坪三合一勺二階坪一一坪五合八勺の庭園の一部であり第一審原告は昭和二七年一一月二〇日からこれを占有している。

二、昭和三五年七月七日第一審被告は訴外藤木卯三郎なる者を通じ第一審原告に対し「第一審原告が占有中の前記庭園のうち東側の大部分に本件土地が含まれている、これは第一審被告の所有であるからこれを買え、買わなければ酒梅に売却して鉄筋の三階建を建てさす、二、三日中に酒梅の若い衆をつれて庭園の周囲に塀をたてさす」などと申し入れ、第一審原告の本件土地に対する占有を妨害する危険がある。

第一審被告

(本訴請求原因に対する答弁)

一、請求原因第一項は認める。

二、請求原因第二項は否認する。

(本訴に対する第一審被告の主張)

一、第一審原告は本件土地を占有すべき権限を何等有しない不法占拠者であり不法占拠者については占有訴権は認められない。

(反訴請求原因)

一、第一審被告は昭和三五年五月二〇日訴外笹井於兎造から本件土地の贈与を受けその所有権を取得した。

二、第一審原告は本件土地を占有している。

第一審原告

(反訴に対する本案前の主張)

一、本件反訴請求は本訴の防禦方法と関連がないから不適法である。

(反訴請求原因に対する答弁)

一、請求原因第一項は否認する。

二、請求原因第二項は認める。

(反訴に対する抗弁)

一、本件土地の贈与は訴外笹井於兎造と第一審被告の通謀による虚偽表示であるから無効である。

すなわち、訴外笹井於兎造は本件土地の登記名義が同人に残つていることを奇貨とし、その登記名義を第三者に移転したうえ、第一審原告と金員交付の交渉を進め若干の金員を得ようとし、第一審被告と通謀の上同人に対する贈与を仮装したものである。

二、本件土地及び堺市南島町一丁目一五番地の一宅地一一二坪九合五勺の土地はもと訴外笹井於兎造の所有であつたが右笹井から訴外佐竹作造に譲渡され、第一審原告は右佐竹から本件土地と右一五番地の一の土地を買受けた。

三、仮に本件土地が第一審被告の所有であるとしても、第一審被告の本件土地明渡請求は権利の濫用として許されない。即ち第一審被告は第一審原告が、訴外笹井於兎造から本件土地及び前記一五番地の一の土地を譲受けた訴外佐竹作造から本件土地及び一五番地の一の土地を右一五番の一地上家屋番号同町一三一番第一号木造瓦葺二階建住家建坪二一坪三合一勺二階坪一一坪五合八勺と共に買受け(本件土地は右家屋の庭園の一部である。第一審原告が本件土地について移転登記をしなかつたのは本件土地は右一五番地の一の土地の一部であると信じていたからである)た事実を熟知しながら、第一審原告を困惑させ若干の金員の交付を得る目的で訴外笹井於兎造から本件土地の贈与を受けてその旨の登記を受け本件土地の明渡を求めるものであつて権利の濫用である。

第一審被告

(抗弁に対する答弁)

一、抗弁事実第一項は否認する。

二、抗弁事実第二項のうち第一審原告が堺市南島町一丁一五番地の一宅地一一二坪九合五勺を、右土地を訴外笹井於兎造から譲受けた訴外佐竹作造から買受けた事実は認めるがその余の事実は否認する。

三、抗弁事実第三項のうち、第一審原告が右一五番地の一の土地及び同地上の家屋を訴外佐竹作造から買受けたこと、訴外佐竹作造が前記土地家屋を訴外笹井於兎造から譲受けたこと、本件土地が前記家屋の庭園の一部であることは認めるがその余の事実は否認する。

(再抗弁)

一、仮に第一審原告が本件土地を訴外佐竹作造から買受けたとしても、第一審被告は本件土地について昭和三五年六月二〇日、同年五月二〇日附贈与を原因として大阪法務局堺支局受付第一一三三八号をもつて所有権移転登記を経由したから第一審被告は本件土地の所有権取得を第一審原告に対抗することができる。

第一審原告

(再抗弁に対する答弁)

一、再抗弁事実第一項のうち第一審被告が本件土地につきその主張のような登記をなしたことは認める。

(再々抗弁)

一、第一審被告は背信的な悪意者であつて第一審原告に対し登記の欠?を主張しうる正当な第三者に該当しない。

すなわち、第一審被告は訴外笹井於兎造の妻の妹であり、訴外笹井於兎造が本件土地を訴外佐竹作造に譲渡し、訴外佐竹がこれを第一審原告に譲渡した事実、本件土地の客観的状況が許外笹井所有当時から前記住宅の庭園の一部として右住宅と一体をなしている事実、第一審原告が本件土地を昭和二七年一一月二〇日に買受けて以来、平穏公然に庭園として使用している事実、訴外笹井於兎造が訴外佐竹のもとに本件土地権利証が残つていたのを知つてこれを奇貨とし他へ売却しようとしていた事実、を知りながら単に第一審原告を困惑させて若干の金員を取得することのみを目的とし、訴外笹井於兎造から本件土地の所有権を譲受けその登記を経由したものである。

第一審被告

(再々抗弁に対する答弁)

一、再々抗弁事実は争う。

第三 立証≪省略≫

理由

一  (第一五四号事件について)

1  第一審原告の本訴請求原因第一項については当事者間に争がない。

2  <証拠>によれば次のような事実を認めることができる。

昭和三五年七月七日ごろ、訴外藤木卯三郎他一名が第一審原告方を訪れ、第一審原告に対し本件土地は他人名義のものだから買取れ、さもなくば塀をしてしまう。或は酒梅の若い者を連れていつて何階もの家を建ててやると申入れた。そこで、第一審原告は訴外木村清に対し右藤木との交渉を依頼した。木村清は藤木方を訪れ本件土地の事で話をしたいと申入れたところ、右藤木は「今日中にあの土地を買わねば酒梅の若い衆に頼んで柵をつくつてしまう」と申入れた。

藤木が第一審原告に本件土地の買入れを申入れ、前認定のような言葉を発したのは藤木が訴外笹井於兎造及び第一審被告から本件土地の売買の斡旋を依頼され、第一審原告が本件土地の買入れを肯んじないときは本件土地に柵をし、本件土地に鉄筋の建築をする買手を探して欲しいと頼まれているためであつた。

右認定に反する原審における被告本人尋問の結果は前記各証拠に照らし信用できない。

そして右認定の事実からすれば、第一審原告の本件土地に対する占有が、第一審被告により妨害されるおそれがあるものと認めるのが相当である。

もとより占有保全の訴における「占有を妨害されるおそれ」の有無は当事者の主観によることなく客観的に決すべきものであるが、必ずしも過去において占有を妨害する行為がなされたことを要せず、本件の如く口頭で本件土地の占有を妨害する行為に出る予告を受けたにすぎない場合であつても、その言語、相手方の態度その他を判断し、第一審原告以外の者が同様の立場に置かれた場合にも本件土地の占有が現実に侵害される可能性が接近していると感ぜられる場合には、占有妨害のおそれが客観的に存するというを妨げず、前記認定事実からすれば、本件土地の占有を妨害されるおそれが客観的に存在するものと認めるべきである。

3  なお第一審被告は、第一審原告の本件土地に対する占有は不法占拠であるから、不法占拠者である第一審原告は占有訴権を有しないと主張する。

しかし、占有訴権は本件土地を占有すべき権限(本権)の有無とは関係な第一審原告が本件土地を事実上占有し、その占有権を有していることに基いて認められるものである以上、仮に第一審原告が本件土地を占有すべき権限を有しない不法占拠者であるとしても、占有訴権を否定すべきいわれはないというべきである。

そうすると第一審原告の本訴請求は正当としてこれを認容すべきであり、これと結論を異にする原判決中第一審原告敗訴の部分は取消を免がれない。

二  (第一五七号事件について)

1  第一審原告は本件反訴の攻撃防禦方法と関連しないから不適法であると主張する。しかし、反訴請求は本訴の請求自体と関連する場合にも提起しうるものであるところ、本件反訴請求が本訴の請求と関連するものであることは明らかであるから第一審原告の主張は採用できない。

2  反訴請求原因第二項については当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、第一審被告は昭和三五年五月二〇日訴外笹井於兎造から本件土地の贈与を受けたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

3  第一審原告は訴外笹井於兎造が本件土地を訴外佐竹作造に譲渡し第一審原告は右佐竹から本件土地を買受けたと主張する。

第一審原告が堺市南島町一丁一五番地の一宅地一一二坪九合五勺及び同地上家屋番号同町一三一番第一号木造瓦葺二階建住家建坪二一坪三合一勺、二階坪一一坪五合八勺を訴外佐竹作造から買受けたこと、右佐竹は右土地及び家屋を訴外笹井於兎造から譲受けたものであること、本件土地が前記家屋の庭園の一部であることについては当事者間に争いがない。

そして<証拠>を総合すれば、訴外笹井於兎造は本件土地を前記一五番地の一の宅地及び同地上の家屋と共に訴外佐竹作造に譲渡し、更に第一審原告がこれを譲受けたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうであるとすれば本件土地は訴外笹井於兎造から訴外佐竹作造に譲渡され、右佐竹から第一審原告に譲渡された後、訴外笹井於兎造から第一審被告に二重に譲渡されたものと認められる。

そして第一審被告が本件土地についてその主張のとおりの所有権移転登記を経由したことについては当事者間に争いがない。

4  第一審原告は、第一審被告は背信的な悪意者であるから、本件土地について正当な取引関係に立つ第三者に該当せず、第一審原告の登記の欠?を主張しえないものと主張するのでこの点を考えてみることにする。

不動産の登記制度は不動産についての権利の得喪変更を国家の設営する一定の公簿上に公示し、不動産についての権利関係を明確ならしめることによつて、それらの不動産について取引関係に入る者を保護しようとするものである。

そして実体上生ずる不動産上の権利の衝突を登記の記載により劃一的に調整することによつて不動産の権利関係の明確化を期そうとするものであつて、このような見地から考える限り、登記の欠?を主張する利益を有する正当な第三者の範囲を決するにつき第三者の善意、悪意を考慮すべきではないといわなければならない。

しかしながら、右第三者に登記の欠?を許すことが、信義則に反し、著しく正義に反すると認められる場合にまで登記による劃一的な処理を貫徹することは相当ではないといわなければならない。

不動産登記法第四条及び第五条は「詐欺又は強迫によりて登記の申請を妨げたる第三者」及び「他人の為登記申請する義務がある者」は登記の欠?を主張することができない旨定めている。

右の規定は自ら登記を妨害し、又は自ら登記をなすべき義務を負うのにこれをなさなかつた者が、登記の欠?を主張することを許すことは信義に反することを理由として不動産登記申請手続に関連して生ずる背信的な第三者について登記の欠?の主張を許さない旨を明らかにしたものである。

不動産登記法は主として不動産登記手続に関する法であるから、不動産登記手続に関連する背信的な第三者についてのみ右のような明文の規定をおいたのであるが(従つて右規定の存在はこれ以外の背信的第三者については登記の欠?の主張を許すべきでないという根拠とならない)不動産登記手続に関連する分野以外についても、その者に登記の欠?の主張を許すことが信義に反すると認められる場合には、その者に登記の主張を許すべきでないことは何等異るところではない。

そして右登記の欠?を主張できない第三者の範囲は、不動産登記手続に関連する背信的な第三者について規定した前記不動産登記法第四条、第五条の趣旨に鑑み、その第三者に登記の欠?の主張を許すことが前記不動産登記法第四条第五条に規定する場合に準ずる程度に信義に反すると認められる場合に限られるものと解すべきである。(最高裁昭和二九年(オ)七九号同三一年四月二四日第三小法廷判決、民集一〇巻四号四一七頁参照)

或はこのような見解に対しては登記の画一性を害するとか取引の安全を害するとかの非難がありうるであろうが、登記の画一性なるものはそれ自体あくまで貫撤されなければならない原則であるとはいえないし、又その者に登記の欠?の主張を許すことが信義に反し著るしく正義に反すると認められる者に登記の欠?の主張を許さないということは必ずしもその後の譲受人の権利取得を否定するものではないから、一概に取引の安全を害するとはいえない。

そこで進んで、第一審被告が前述の程度に背信的な第三者といえるかどうかを考えてみることにする。

<証拠>を総合すれば次のような事実がみとめられる。

堺市南島町一丁目一五番地の一の土地、同地上の家屋及び本件土地はもと訴外笹井於兎造の所有であり、同人が右家屋に居住し本件土地を右家屋の庭園の一部として利用していた。

第一審原告が本件土地を買受けた当時及び第一審被告が本件土地の贈与を受けた当時を通じて、本件土地及び一五番地の一の土地の周囲には石垣の上にかなりの高さの生垣が設けられ、一方本件土地と一五番地の一の土地の間には何等の境界も設けられておらず一体となつていたため本件土地は前記家屋の庭園として使用されていることが何人にも明らかであつた。

そして第一審原告が本件土地についてのみ移転登記をしなかつたのは、本件土地が前記一五番地の一の土地の一部であると信じ、前記庭園の中に他の番地の土地(本件土地)があるということを知らなかつたためであつた。

第一審原告は昭和二七年一一月二〇日に右家屋及び庭園を買受けて以来右家屋に居住し、本件土地を庭園として使用して来たが昭和三五年七月に前記藤木が本件土地の買入れ方を申入れるまで何人も本件土地の使用に異議を唱えたことはなかつた。

本件土地の権利証は訴外佐竹作造の下に保管されていたのであるが(第一審被告は保証書で移転登記を受けている、乙四第四号証)、昭和三四、五年頃同人が訴外笹井正三郎に本件土地を第一審原告に買つて貰うようにいつたため同人がその父である訴外笹井於兎造にそのことを話し、於兎造は初めて本件土地の登記名義がなお自分に残つていたことを知つた。

そこで右於兎造は本件土地は既に売渡し済みであるのに登記名義が自己に残つていたのを奇責として城山某を介してこれを第一審原告に売渡そうと画策していたが成功しなかつた。

第一審被告は右笹井於兎造の妻の妹であるが、右認定の全ての事実を熟知しながら、訴外笹井於兎造から本件土地の贈与を受け、保証書により本件土地の移転登記を受けた。そして第一審被告は訴外笹井於兎造と共に本件土地を第一審原告に売渡す交渉を前記藤木に依頼したが、藤木との交渉には主として於兎造があたつていた。

右認定に反する原審における被告本人尋問の結果の一部は信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実からすれば、第一審被告に登記の欠?の主張を許すことは、不動産登記法第四条、第五条所定の場合に準ずる程度に信義に反するものというべきである。

5 そうであるとすれば第一審被告は第一審原告の本件土地の所有権の取得について登記の欠?を主張すべき利益を有する第三者に該当せず、本件土地の所有権取得を第一審原告に対抗できないものといわなければならない。そうであるとすれば第一審被告の本件反訴請求はその点について判断するまでもなく失当としてこれを棄却すべきであり、これと同趣旨に出た原判決中第一審被告敗訴の部分は正当であつて本件控訴はその理由がなくこれを棄却すべきである。

三、結論

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官山内敏彦 裁判官平田孝 小田健司)

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